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<<   作成日時 : 2017/04/18 14:21   >>

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 オバマ政権当時の駐日大使だったキャロライン・ケネディ氏が、幼い姿で現われる。父親のケネディー大統領がダラスで暗殺された時、キャロラインには兄のジョン・ジュニアがいたが、今はいない。ジョンは、38歳の若さで飛行機事故を起こして死んでいる。ジャッキーと呼ばれたジャクリーン・ケネディ大統領夫人は、24歳の時に12歳年上のジョン・F・ケネディと結婚した。最初の子供は流産し、次の子供も死産だった。富豪の息子だった夫は有望な政治家だったが、浮気ものだった。耐えられずに義父に離婚を申し出たが、富豪の義父はジャクリーンに多額の信託財産を渡すことで離婚を押さえ込んだという。ジャクリーンは、夫の不倫から目を逸らしたままファーストレディーの輝きを身に纏った。
 今でもケネディー一族が“キャメロット”と呼ばれているように、ミュージカル“キャメロット”の音楽はケネディー大統領のお気に入りだった。“輝かしい束の間の時”という詩が作品の中でも扱われているように、ジャクリーンがファーストレディーとなってわずか2年10ヶ月で夫は暗殺されてしまう。作品の構成は、夫の死後、ライフ誌の記者・セオドア・ホワイトが当時のジャクリーンの居宅で行なうインタビューを巧みに利用している。このインタビューは、夫の葬儀の後まもなく行なわれている。驚いたのは、暗殺後、ジャクリーンが同じく暗殺されたリンカーン大統領の妻がどうなったかと知人に問い掛けた場面だ。「リンカーン夫人は極貧の中で死んだのよ。暗殺された大統領の妻たちは皆苦労したのよ」ジャクリーンは、ホワイトハウスに入るとすぐに大改装を行なった。湯水のような税金が消費され、批判も起きたが、ジャクリーン自身が案内役をつとめたテレビ番組でホワイトハウスの内部が映し出されると、大きな反響が起き、ジャクリーンはエミー賞を受けている。作品の中でも、このテレビ映像は何度も使われている。ジャクリーンは、集めた高価な家具を売り払うという。ファーストレディーであっても、大統領が死ねば、ただの未亡人となる。すぐにホワイトハウスから追い出されるジャクリーンはとても不安だったろう。二人の子供の将来が不安でならなかったはずだ。
 台詞の中には“モンロールーム”という言葉も出てくる。マリリン・モンローがお忍びでホワイトハウスを訪れ、ケネディー大統領と愛し合っていることはホワイトハウスでは有名だったのだろう。43歳という若さで米国大統領になったケネディーには、いくつもの持病があったが、若い性欲も漲っていたらしい。作品の中では、セオドア・ホワイトの書いた記事が、ジャクリーンによって書き換えられていることを明らかにしている。ジャクリーンはたびたび本音を漏らすが、その度に「今の言葉は書いてはダメ。私は言っていません」と記されることを拒んでいる。夫との関係に割りきったものがあったことも、リベラル派の象徴のような夫の政治姿勢に脅迫があったこと、米国保守派と敵対していた当時のケネディーの立場が明らかにされている。暗殺後のジョンソン大統領の就任場面や、ケネディー大統領の壮麗な葬儀の裏に隠されていたジョンソン政権との確執も面白く描かれている。大統領の弟で閣僚だったロバート(ピーター・サースガード)が、ジャクリーンと周囲との間にあって様々に力添えをする姿も興味深いが、ロバートも後に暗殺される。
 唯一生き残った娘のキャロラインには、一人息子のジョン・シュロスバーグがいる。ケネディ一族にとって希望の星である24歳のジョンは、「楽天」の社員として働いている。いずれは米国で政治家として頭角を現すだろう。暗殺されずに大統領になってもらいたいものだ。

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