ろくでなし通信

アクセスカウンタ

zoom RSS 詩人大使ポール・クローデルと日本展

<<   作成日時 : 2018/05/26 19:11   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0


神奈川近代文学館で「詩人大使ポール・クローデルと日本展」が開かれている。横浜美術館で開かれている「NUDE」展のメインにはロダンの彫刻が置かれているが、ポール・クローデルの姉はロダンの弟子であり愛人であったカミール・クローデルだ。明治元年、フランスの公務員の家庭に生まれたポール・クローデルは、知性と感性に優れた少年だった。4歳上のカミーユと長姉にも愛されたポールは、優れた成績を示した上、文学的才能も発揮した。同じ芸術的才能に恵まれたカミーユは、彫刻界の巨匠、ロダンの弟子となり、のちに愛人となるが、弟のために彫像を残している。ポールは、外交官試験を首席で合格した後、アメリカ大使、中国大使などを経て52才で日本大使となった。当時のマスコミは、すでに詩人として名を成していたポールの赴任を“詩人大使日本へ来る”と呼び、大きな興味を抱いた。カミーユの影響を受けたポールは、日本の文化芸術に強い関心を寄せ、さまざまな文化人と交流した。劇作家でもあったポールは、歌舞伎の中でも仮名手本忠臣蔵に興味を示し、楽屋へ挨拶にいったりしている。能、狂言、書、絵画、俳句など、ジャンルを問わず、日本文化に心を寄せていった。ポールの好んだのはフランス大使館のあった皇居周辺で、毎日のように堀端を散策した。また、各国大使たちが避暑地として好んだ日光にも通い、中禅寺湖に魅了された。ポールの滞在中、もっとも衝撃的な出来事「関東大震災」が起きた。大使館は崩壊したが、フランス船を避難民のために開放するなど、災害復旧に尽力した。その当時の写真が多数展示されている。大正天皇の崩御とともに日本を離れたポールは、ベルギー大使となり、オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を発表。67才で外交官を引退したが、ロダンとの間で苦しんだ姉のカミーユは8年後に死去。戦後、アカデミー・フランセーズ会員に選出されたポールは、昭和30年、87才の長寿を全うしている。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
詩人大使ポール・クローデルと日本展 ろくでなし通信/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる