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zoom RSS 関東大震災(吉村昭著、文春文庫)

<<   作成日時 : 2019/03/19 09:33   >>

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 吉村昭が昭和48年夏に発表した「関東大震災」には、今でも学ぶべきことが多い。作者は「あとがき」に記している。「私の両親は、東京で関東大震災に遭い、幼時から両親の体験談になじんだ。殊に私は、両親の口からもれる人心の混乱に戦慄した。そうした災害時の人間に対する恐怖心が、私に筆をとらせた最大の動機である」
 作品の冒頭は、明治天皇の崩御と大正天皇の即位の情景だが、次第に東京帝国大学地震学教室の描写に移っていく。主任教授・大森房吉と、助教授・今村明恒は、将来の大地震の予測で対立する。今村は、過去の地震の歴史的研究から、50年以内に東京が大地震に見舞われるという説を発表したため、新聞報道によって東京市民が大騒動に陥った。これを見た大森は、今村の説に反論し、世論を収めたが、二人の間には深い溝ができた。だが、今村は自説を確信し、火災発生と水道管破裂による大災害が起きると予測していた。そして、大正12年9月1日、ついに大地震が起きた。「午前十一時五十八分四十四秒、東京市内に設置されていた中央気象台と本郷の東大地震学教室の地震計の針が、突然生き物のように動きはじめた。(略)その瞬間、戦慄すべき現象が起こった。中央気象台では明治九年以来地震観測をおこなっていたが、観測室におかれていた地震計の針が一本残らず飛び散り、すべての地震計が破壊してしまったのだ」
 では、この大地震でどこが最も被害を受けたのか。「殊に小田原から鎌倉にいたる相模湾沿岸の地域と房総半島の那古、船形、北条、館山等は震源地に近いだけに最も激しい振動に襲われ、木造建物の全壊率は五十パーセントを超え、中には九十パーセント以上の建物が倒壊した地域もあった」この地震の被害は、東京の都心部で大きかったような印象が残っているが、実際の被害は横浜、千葉を中心とした沿岸部が大きかったようだ。「震源地の相模湾に沿った最大激震地の災害は、すさまじかった。小田原町では突然起った上下動の烈震で、崖は一斉に崩れ、橋は落ち、家屋はもろくもつぎつぎと倒され多数の死者を出した。同町小峰にあった閑院宮御別邸も倒壊し、別邸に滞在中の寛子女王殿下もその下敷きになって圧死した。箱根の温泉地でも八百六十六戸の家屋が倒壊し、旅館が断崖上から渓谷に墜落して四散した。殊に塔の沢では渓流が崖崩れでふさがれて鉄砲水が起り、旅館その他の家屋を流出させた。横須賀の地震による被害もひどく、丘陵の地すべりが発生し、鉄道のトンネルが崩壊して列車三輌を埋め、二千三百一戸の家屋が倒壊した。浦賀、逗子、葉山、大磯、平塚、藤沢、鎌倉等の家屋もほとんど倒れ」と、ある。「横浜市は、神奈川県庁の所在地であるとともに日本最大の港湾都市でもあった。外国人の居留・滞在者も多く、官庁、商社も設けられていて、その烈震は市の機能を完全に壊滅させた」「激烈な地震は、大地に深い亀裂をはしらせ、山崩れを誘い、河岸を崩壊させ、鉄橋を河中に墜落させた。七百年前につくられた鎌倉の長谷にある大仏も五十センチ地下にもぐり、さらに四十センチも前にせり出したほどであった。大地の激しい動きは、むろん鉄道線路を徹底的に破壊し、進行中の列車はもろくも脱線、転覆した」
 千葉の被害も大きかったが、東京はどうだったか。「東京府は、東京市とその周辺によって構成されていて、相模湾沿いの神奈川県と房総半島南西部に比較すると地震の程度は幾分弱かった」東京の震度は神奈川、千葉に比べれば軽かったが、東京に襲いかかってきたのが、火災だった。それは、今村助教授が予想したとおりだった。中でも悲惨な結果となったのが、安全だと信じて避難していた本所区横網町の被服廠跡だった。ここに密集していた人々の荷物に火が移り、多数の焼死者が出たのだ。また、誰からともなく起きた略奪や強殺の噂が、多数の犠牲者を出した。血の気の多い男たちが作った自警団が、多数の人たちを殺傷してしまった。フェイクニュースの恐ろしさが、この作品には入念に書き込まれている。
 どの頁からも、当時の悲惨な情景が浮かび上がるが、唯一の救いは、内相・後藤新平による東京復興計画だろう。「土地買収が最も困難だったが、激しく土地収用に反対した市民も都市を災害から守らねばならぬという意識をいだき、政府の提示した安い価格で自己所有の土地を提供した。その結果、狭い道路は拡張され、新しい道路も創設されて、その数は幹線道路五十二、補助道路百二十二に及んだ。また公共建物、橋梁等の耐震耐火建造もおこなわれ、公園も多数作られた」
 関東地方の大震災は、今後30年以内に起きると政府は予測している。首都圏を襲う大震災による膨大な被害が生じた後、日本人はどう対処していくのだろうか。「関東大震災」(吉村昭著、文春文庫)は、地震列島の真上で暮らす日本人には必読の作品だ。

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