磔(吉村昭、文春文庫)



歴史短編小説「磔」は、昭和44年に書かれた。戦史小説を書き続けていた吉村昭が初めて手掛けた歴史小説である。あとがきによると「長崎へ年に二、三度足をむけていた私は、長崎につたわる史書にふれている間に、歴史小説を書いてみたいと思うようになった。いわば、私が歴史小説を書くきっかけをあたえてくれたのは、長崎という土地であり、その第一作が、二十六聖人殉教を素材にしたこの小説である」とある。
作品の冒頭に「慶長元年(一五九六年)十二月十日の朝、下関の家並みの間を縫う道を、二十六人の異様な囚人の列が海岸にむかって歩いていた」とある。その姿は「後手に縛り上げられたかれらの首から縄がかけられ、衣服は襤褸のようにすりきれて、破れ目からは垢のこびりついた皮膚が露出している。むろんかれらは裸足で、やぶれた足指の皮膚から流れ出た血が土とまじり合って、足を大きい土塊のようにみせていた」
しかも、左耳が切り取られ、血まみれになっていた。当時、豊臣秀吉が禁じていたキリスト教徒の彼らは、大坂と京都で捕まった後、京都で耳を切り落とされて、大坂を経て下関まで追い立てられてきたのだ。彼らは磔になるために歩かされ続けていた。この列の中には、6人の異国人と3人の少年がいた。秀吉の狙いは「まず日本の中心都市、大坂で宣教師、信者を逮捕し、それを引廻しの上、陸路を九州へ引き立ててゆく。それは、切支丹信者に対するみせしめと一般市民への警告になるにちがいなかった。さらにその効果をたしかめるため、囚人を切支丹勢力の最も強い長崎へと送り、その町なかで磔刑に処するという方法がとられることになった」
当時、20万人にも増えていたというキリスト教信者と彼らの背後にいるイエズス会宣教師、そしてイスパニアやポルトガルを秀吉は恐れていたのだ。物語の視点は、やがて肥前唐津の城主、寺沢志摩守広高野の弟、寺沢八三郎に移る。八三郎は、26人の切支丹信者たちを長崎へ連れて行き、そこで磔にする重責を負わされていた。彼は、その旅の最中に、九州に潜在する多数の切支丹信者たちを刺激して反乱が起きることを恐れていた。
八三郎が26名の信者たちを受け取った後、幼い少年、ルトビコ茨木を改宗させて逃がしてやろうとする場面がある。八三郎は、親のためにも切支丹をやめろと説得するが、「少年の口もとに、かすかな笑みがうかんだ。八三郎は、そのあどけない眼の輝きにこの幼い者を救える喜びを感じた。しかし、その口から流れ出た言葉は、かれの期待に反したものだった。「お役人様、私はこの現世に未練はございませぬ。パライソ(天国)に参るために喜んで死をえらんだのでございます。私には、デウス様を捨てるなどという気は毛頭ございませぬ」八三郎はさらに恐怖する。幼い少年でさえ確固とした信念を持っている。切支丹が一斉に蜂起すれば恐ろしいことが起きるかもしれないからだ。
八三郎が危惧していたように、26名の殉教者の噂を聞いた切支丹信者たちが彼らの列を取り囲むように現れた。「前方には長崎の町が見下され、右手には異国船のうかぶ美しい長崎湾が望まれる。そして処刑地の背後にはせり上がるように傾斜した丘がせまっていた。『来た』という声が近くでし、八三郎は、思わず頭をめぐらした。かれは、眼をみひらいた。丘陵の間に刻みこまれた細い道から、ひしめき合うように人の群が湧き出している。それらは道にあふれて両側の傾斜にまで満ち、それらがいつ果てるともなく流れ出ている」
だが、26名の殉教者の列の前後に犇めいた人々は、殉教者たちを奪い返そうとしているのではなかった。囚人の列に加わろうとしていたのだ。彼らは「磔」を望んでいたのだ。だが、その望みは叶えられなかった。26人は用意された磔柱に括られると、直立させられた。
「群衆の祈りは一層たかまり、柱にくくりつけられた者たちの間からも、かすかな歌声がもれてきた。その中で、十二歳のルトビコ茨木は、顔を上下に動かしながら天を仰いで、『パライソ(天国)、パライソ、イエズス、マリヤ』と、澄みきった声で叫びつづけていた」
処刑の後、多くの信者たちが磔になった死体に群がった。「それは、信者たちが神の恵みを受けようとする動きであると同時に、その処刑の遺物を自分の所有としたいとねがう行為でもあった」
放置された死体は、やがて腐乱していった。死体を覆っていた衣服はすべて持ち去られて二十六人の殉教者たちは裸体となり、さらには、剥き出しになった骨さえ持ち去られていった。

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この記事へのコメント

2020年02月28日 06:48
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